公開講座 (Seminar Open to the public)
日時:2019年9月16日(月)14:00-16:00
会場:講堂

PDCAサイクルを回すための混合研究法の活用

尾島 俊之 (Toshiyuki Ojima) Ph.D
浜松医科大学 (Hamamatsu University School of Medicine 

 近年、現場の様々な活動について、PDCAPlanDoCheckAct)サイクルを回すことが求められることが多い。私の専門の保健医療分野では、データヘルス計画、健康増進計画(健康日本21)、自殺対策計画、医療計画などが典型である。産業分野では、今年の全国安全週間のスローガンは「新たな時代に PDCA みんなで築こう ゼロ災職場」となっている。医療現場でも看護管理、がん診療連携を始めとして力が入れられている。

 一方で、実際にPDCAサイクルをうまく回せているかというと、難渋している例が多いと思われる。その理由はさまざまであろうが、ひとつには量的データの収集や分析に力が入れられている反面、質的データの収集や活用が不十分なことが考えられる。そこで、量的データと質的データを統合する混合研究法の活用が重要となる。ものごとを正しく理解して適切に対応しようとすると、両者のデータが必須である。

 PDCAサイクルは、エドワード・デミングが日本で講演して提唱し、第2次大戦後の製造業を中心とした日本の高度経済成長の基礎となった。その成功から、保健医療や行政など様々な分野で取り入れられるようになっている。デミングはもともと統計学者であることから、統計的手法による品質管理を中心にしつつ、質的方法論の側面も重視している。例えば、単なる数値目標は排除すべきで新たな手法の提供が重要などを述べている。

 なお、近年、社会の変化の速度が早くなっていく中で、OODA(ウーダ)ループ(Observe:みる、Orient:わかる、Decide:きめる、Act:うごく)なども注目されてきている。いずれにしても、数量的データと質的データの両者が重要となる。

 混合研究法デザインの基本型は3種類ある。探索的順次デザイン(まず、質的データを収集して項目を決めてから、次に量的データを収集)、説明的順次デザイン(まず、量的データを収集して、次に質的データを収集して詳細な検討)、収斂デザイン(質的、量的データを併行して収集して解釈)である。日常の医療や保健活動はまさにこのように行われている。例えば、「体がだるい」患者、「38℃の熱がでた」患者の診療は、それぞれ探索的、順次的デザインであろう。また、これらの基本形を組み合わせて、さまざまな応用型のデザインとなる。

 一般的に、質的・量的データを同時に考慮するより、順次的に考える方がわかりやすくお薦めである。PDCAを回すことを考えると、現状のアセスメントにより、この指標が高い・この指標が増加しているなどの課題が浮かび上がる。そこで、次は「なぜだろう」、「現場の体制や過程はどのようになっているか」、「どうすればよいか」などを質的に検討する必要がある。そして、「その理由は本当か」、「改善により効果がでたか」など、量的に検証することになる。このように、量的、質的データを順次的に検討することでPDCAをうまく回すことができる。

 質的なデータの収集法としては、観察、聞き取り、文書、考えるなどがある。また、質的データは最終的にコンパクトな量に集約する必要がある。「予想していた内容」、「驚いた内容」、「珍しい内容」に注目して抽出すると良いと、クレスウェルは述べている。また、指標開発でよく用いられる、項目プールの作成手順を参考にすると良いと考えられる。

 混合研究法の妥当性を確保するためのポイントはいくつかあるが、最も重要なのは、複数の視点や情報源を用いる、「トライアンギュレーション(三角測量)」である。また、対象者の視点を大切にすることや、内省・意見交換を積極的に行うことも重要である。

 現場で有用な混合研究法の活用手法として、「ポジティブデビアンス(ポジデビ)」がある。恵まれた状況でないにも関わらず、良い数字を出している事例について、質的に詳細な調査を行って、有用なヒントを得る方法である。ベトナムの農村地帯で栄養失調でない子どもに着目した例や、日本では自殺が最も少ない市町村での詳細な聞き取り調査の例などがある。

 混合研究法は、PDCAを回し、また現場の課題を改善させるために、非常に有用な手法である。現場の実践者と研究者との連携により、より役に立つ方法論の発展が期待される。

【略歴】尾島俊之(Ph.D.) 愛知県の病院、保健所、自治医科大学公衆衛生学勤務、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校公衆衛生学部留学などを経て、現在、浜松医科大学健康社会医学講座教授。あらゆる課題について、量的研究である疫学を基盤にしながら混合研究法の実践活用を模索している。現在、大規模災害対策、保健所のあり方、人口減少社会におけるコンパクトシティに関する研究の研究代表者、健康寿命、介護予防、保健師活動に関する研究の研究分担者等。日本混合研究法学会理事長、東海公衆衛生学会理事長など。


[Go to the conference homepage] [大会トップページに戻る]